2003年 日本穀物科学研究会

第113回例会総会

 1月31日(金) 13時30分より大阪府庁別館北新館多目的ホールにて第113回例会並びに総会が開催されました。 今回はベーキングエンジニアリングをテーマにして開催いたしました。 オーブンをテーマに2題とパン工場の生産性についての話でいつもの化学、生物が中心のテーマと少し離れましたが、聞いていただいた皆さんには好評でした。 今回も多数のご出席をいただきました。総会におきましては決算報告と承認の後、新会長に大阪府立大学森田教授が推薦承認されました。このほかの役員も発表されました。続いて次年度の活動計画の発表、予算の承認がされました。 また来年が創立30周年にあたるため記念事業推進のため近畿大学光永名誉教授に委員長をお願いすることが決まりました。
テーマ  ベーlキングエンジニアリング
講演  食パン焼成プロセスに関する基礎研究
  呉 計春 氏 PTCジャパン潟Oローバルサービス部シニアコンサルタント
パンの焼成条件はパンの種類に応じて家内工業的に行われてきた経験的条件をオーブン内で再現する方法が採られており,加熱温度・焼成時間共に一定の条件下で行われる場合が多い.このため、エネルギの効率的利用という観点から焼成条件を検討してオーブンの開発・改良に役立てるために最も基礎となる焼成特性を組織的に計測し、また、異なる焼成条件下におけるパンの表面色や粘弾性の変化を客観的に評価した事例は数少ない。
そこで、本研究の目的は、食パンの焼成プロセスにおける生地の外観的及び内相的変化に焦点をあて、次の3つの側面においてパンの焼成のメカニズム、および、異なる焼成条件が食パンの品質に及ぼす影響を解明することにあった。
1)異なる焼成条件下で食パンの焼成特性を計測し,主に熱及び物質移動の観点から焼成現象のメカニズムを解明する。
2)食パンの焼成プロセスにおける表面色の変化を計測して加熱温度条件と表面色との関係を定量的に把握する。
3)異なる焼成条件下で得られた食パンが焼成後保存時間の経過と共に、そのレオロジ特性に及ぼす影響を検討する。
そのために、本研究では、標準的配合割合の原料を中種法により製作したパン生地を供試材料とした。また、加熱温度条件が食パンの焼成特性および品質に及ぼす影響を検討するために,オーブンの加熱温度を140,180,220,260及び300℃の5段階に設定し,焼成温度とした。焼成中におけるパン生地の内部温度分布は生地に埋め込んだ熱電対で、また、焼成に伴うパン生地の質量変化は電子天秤でそれぞれ測定し、得られたデータは6〜10秒間隔でパソコンに送り分析に供した。
その結果、焼成中における食パン生地内部の温度および水分分布を定量的に把握した。特に、クラスト層の含水率が焼減率(初期の生地重量に対する水分蒸発量の割合)の増加に伴って減少するが,クラム層では初期含水率に維持されることや、水分の蒸発面がクラスト層とクラム層の境界に存在し、クラスト層の厚さは焼減率と線形関係にあり,焼成温度が高くなるほど厚くなること等を明らかにした。
また、食パンの焼成プロセスにおける表面色の変化については、焼減率が5%進むごとにオーブンから試料を取り出して測色色差計を用いて計測した結果、加熱温度条件と表面色との関係を定量的に把握した。加熱条件を表す新しい操作因子を導入することにより,表面色の変化を予測する方法を考案した。
さらに、異なる焼成条件で得られた食パンのクラムについて、それぞれ焼成後1,6,12,24および48時間を経過した時点で応力緩和試験を行い、測定結果に3要素粘弾性モデルを適用し,モデルのパラメータ値の変化から焼成条件が保存中の食パンのレオロジ特性に及ぼす影響を明らかにした。
呉計春氏
 食パン焼成過程における火通りと着色の諸現象の解析
  山田盛二 氏 敷島製パン滑J発部製品開発グループ
1.食パン焼成過程におけるクラスト形成のメカニズム
食パンの焼成過程における熱と水分の移動量を測定する事で火通りに関する検討を行った。加えて、同過程におけるクラスト層の密度や有効熱伝導度を計算する事で、クラスト形成のメカニズムを解明している。
クラストが形成されていくメカニズムは、焼成過程において表層近傍における気泡が圧縮され、生地が見掛け上、高密度化するモデルを考えると共に、クラスト層の内側には100℃の境界相を形成しているものと仮定して、パン型各面における熱流束値と温度、dry層の厚さからクラストの有効熱伝導度を導出した。
 焼成過程におけるパン生地への総移動熱量は熱流センサーで実測し、水分の蒸発潜熱は各焼成時間における生地重量の減少量から算出した。パン生地への熱移動量は、焼成の初期と後期で2倍程度の差があるが、それ以上に異なるのは火通りに費やされる顕熱と水分蒸発に費やされる潜熱の比である。オーブンキックが起こっている段階では総移動熱量のおよそ80%が生地温度を上げる顕熱として使われているのに対して、焼成後期では逆に80%以上が水分蒸発させる潜熱として使われている。クラストは食型温度が100℃に至る少し前から形成し始めるが、測定の結果、クラストの有効熱伝導度は経時的に変化し、0.02 〜 0.11(W/(m・K))の値が得られた。このクラストの熱物性値を活用すると、焼成過程の食型温度を測定する事によって生地への熱移動量や水分蒸発量、クラスト厚等を推測する事ができる。
 
図 食パン焼成過程における生地への総移動熱量と潜熱のグラフ 焼成温度=180℃、生地重量=1000g(2斤).
   図 食パン焼成過程における焼色(明度)の変化
  食型温度=120〜160℃.
2.食パンの着色に関する速度論的解析
 食パンの焼成過程におけるクラスト部の焼色(L値)に関して、影響する反応を着色速度によって特定すると共に、着色の速度を温度と時間の関数で表現し、焼成過程におけるパン生地の温度測定データからクラストの焼色を推測する事を目的としている。
 パンの着色は、一般的にメイラード反応とカラメル化反応によって起こると考えられており、これらの反応は温度に依存する以下のアレニウス式によって、良好に表現される。焼色(L値)の変化量(L0−L)は、A:頻度因子(-)、E:活性化エネルギー(J/mol)、の値を温度の関数として表す事によって、任意の温度条件における推移を推測する事が可能となる。
  L0−L=A∫exp(-E/(R・T))dt    R:ガス定数(=8.314(J/(mol・K)))、T:温度(K)
 食型を一定温度に保持した場合、焼成時間に対するL値の変化は、傾き(着色速度)が異なる2種の直線で表す事ができた(右図参照)。120℃程度の比較的低い温度から充分確認できる着色反応は、L=55程度のレベルでほぼ消失するが、焼成後期に見られる着色反応と比較倍程度と顕著に高い値を示した(at140℃)。また焼成初期に現れる反応は、温度の上昇に伴う着色速度の増加が指数関数的に著しく、10℃の温度上昇に対して2.09倍の増加が見られる事に比較して、焼成後期に現れる反応は1.24倍程度に留まっていた。本研究で得られたAとEの値を使用して、任意の焼成条件に対する焼色の推測を試みたところ、実測値と計算値に良好な一致が見られた。
山田盛二氏
食品工場の生産性の向上についての経営工学的取り組み
  弘中泰雅 氏 テクノバ梶@代表取締役
 食品製造業の過去25年間の生産性向上は1.29倍で、年率1%にも満たない。この間化学工業は約11倍、電機は12倍、自動車は3.4倍になっている。失われた10年と言われるが、食品産業は25年間生産性の向上に関して停滞してきた。2006年を頂点に日本の総人口は減少に転ずる。今まで人口増加と食生活の欧米化により、パン生産は増加してきたが、報道によると16ヶ月間連続してパンの生産は前年割れをしている。
パン製造業はいわゆる多品種少量生産で特性上、短納期で生産量の確定もなしで生産を行ってきた。今まで生産量の拡大により機械化の促進でパン製造業は発展してきた。今後消費停滞あるいは減少が確実視され、余剰生産力が存続する現実の中で、個々の企業の生き残る道は生産コストの削減しかない。売り上げの伸びが期待できない以上、生産性を向上させ経費を削減し利益を確保すべきである。
 生産計画へのコンピューターの導入が早かった化学工業、製鉄業や、かんばん方式、アンドン方式、アミーバー方式、屋台方式など多くの生産システムで生産性を上げた電機や自動車に比較し、経営工学的取り組みの少なかった食品産業は生産向上の余地がある。例えば食パンラインで30%、菓子パンにいたっては45%の手待ち時間がある。ゆえに20から30%の生産性の向上は生産計画の作り方一つで可能になる。
食品の多くは典型的なフローショップ型生産で時間に縛られるため、生産計画が難しく、生産計画作成にコンピューターの導入を阻んできた。そこでこのフローショプ型の生産に使える生産計画ソフト(スケジュラー)の開発に取り組み、その有効性を検証したのでここに紹介したい。ここではパンを中心に説明するが、水産練り製品、製麺などフローショップで作られる多くの食品に利用は可能である。
 食品生産ではガントチャート上に表される工程は階段状になる。各アイテムは生産数、工程条件の違いにより、異形の階段になる。異形の階段は並べ方、すなわち生産の順番で順列の幅(生産所要時間)が異なってくる。この差が上述の手待ち時間の差となって現れる。1ラインで40の製品を作れば約3×1018の並べ方があり現在のパソコンで全て計算すると200年くらいかかることになる。当然人間の能力で完全最適なスケジュールを作ることは不可能で、経験や勘に頼る非能率な生産計画のもと生産が行われてきた。
 我々はヒューリスティクなアルゴリズムにより5分程度の時間で近似的最適解まで到達しうる、実用的なスケジュラー「アッチェレランド」を開発した。既に導入した工場では着々と成果を上げている。国際価格の約6倍もする穀物、中国等の安い労働力など食品業界を取り巻く環境は厳しい、25年間の停滞を取り戻すためにも経営工学的手法を取り入れて生産性向上に取り組まなければならない。「アッチェレランド」で食品工業の生産性向上に寄与したい。
弘中泰雅
総会
 懇親会
 
連絡先 三宅製粉梶@(〒544‐0034 大阪市生野区桃谷3−2−5)
関西穀物科学研究会事務局 林 孝治(Tel 06−6731−0095、Fax 06−6731−0094
E‐mai:miyake@mbox.inet-osaka.or.jp)   
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