2012年 日本穀物科学研究会

第149回例会総会

2012年2月4日(土)13:00より神戸女子大学教育センター(078-231-1001)で開催しました。 
テーマ シンポジュウム 『製パンの改善に関する諸技術の取り組み』
講演  製パン用油脂の機能と課題
                              貝沼 謙 氏 (山崎製パン(株)中央研究所)
     我が国で製パンに使用されている小麦粉の量は、年間およそ120万トンであり、その約1/2を食パンが、1/3を菓子パン類が占める。パン生地に添加される油脂の量は食パンで平均して対粉5〜10%程度、菓子パンで10〜15%程度であり、単純計算で見積もっても6万トン以上の油脂が製パン用に使用されていることになる。この数字は生地に練り込まれる油脂の概算であるが、ペストリーのロールイン油脂、ドーナツのフライオイル中の油脂まで加えると、製パン業界で利用される全油脂量は相当な量になる。これは、ペストリーやドーナツが欧米では菓子に分類され、多くの専門業者が存在するのに対し、我が国ではホールセールベーカリーがこの役割を担っていることが理由の一つであるが、いずれにせよ日本で製パン技術に携わる者は各種油脂の物理特性を把握することになるが、その考え方や管理の一端をご紹介したい。
 昨今、これら製パン用油脂を取り巻く課題として話題にあることが多いトランス脂肪酸は、消費者庁の強い意向で含有量の情報開示が進められており、パン業界でも対応を急いできた経緯がある。トランス脂肪酸の情報開示に際しては、飽和脂肪酸とコレステロール含量を併記するとの指針がでているが、パン製品中の油脂を広義に考えると、先述の加工油脂に加え乳製品や卵由来の油脂や各種フィリング、惣菜中の畜肉および調味料、チョコレート加工品に含まれる油脂、さらには小麦粉由来の油脂も対象となるため全体像の把握には膨大なコストが生じる。また、バラエティに富む製品群を特徴とする日本のベーカリーでは、焼成やフライによる水分の減少率もまちまちであり、製品重量あたりのトランス脂肪酸の算出、測定は煩雑を極める。さらに抜本的な問題として、製品中の含有量低減と、お客様のご理解を得ることも業務上欠かせない。現在、製パン業界が抱える油脂関連の課題の一つとして、これらトランス脂肪酸周辺の問題に関する我々の取り組みの一端も紹介したい。
貝沼 謙 氏
  食卓においしさと楽しさを 〜ホームベーカリーの開発の取り組み
                           加古 さおり 氏 (パナソニック株式会社 アプライアンス社)  
 家庭で焼き立てのパンが楽しめるホームベーカリーは、1987年に当社(松下電器産業株式会社:当時)より発売された。それから25年を経て参入メーカーも増え、また最近の食の家庭回帰の傾向を受けて2005年以降毎年需要を伸ばし、2012年の国内需要は初めて100万台に上ると予測されている。(日本電機工業会調べ) 一過的なブームを乗り越え現在家庭に浸透している要因は、安全安心を求める手作り志向の高まりに加え、製パン性能の向上とメニューの広がりで食卓においしさと楽しさを提供したことにある。国内シェアの約80%を占める当社製品の場合、ドゥを捏ねた後にイーストを投入する中麺法の採用によって製パン条件ばらつきを減らし、季節を問わず安定したおいしさでパンを焼くことができる。また、お客様のニーズや市場のトレンドを取り入れ、天然酵母・もち・麺・メロンパン風・白パン・パンドミ・生チョコなどの新たな機能を開発することでバラエティを広げている。
 その中にあって、小麦粉の高騰や地産地消の取り組みから脚光を浴びているのが米パンである。米パンと言っても、米粉パン、ごはんパン、お米と原料の米の携帯よって製法は異なる。また小麦を一部米に置き換えたもの、米にグルテンを添加したもの、或は小麦粉成分を一切含んでいないものによっても焼きあがったパンの食味特性は異なる。
 現在ホームベーカリーでは、米粉から作る米粉パン、小麦ドゥの中にご飯を混ぜ込むごはんパン、そして生米をミルしてそのままパンに焼きあげるお米パン(GOPANのみ)に対応することができる。
 中でも、家庭にある米から直接パンができるGOPANは、2010年11月に三洋電機から発売され、一大ブームを巻き起こした。ご飯を炊くときのように米を水に浸水させて柔らかくした上でペースト状に粉砕するミルと、そこから製パンを行うベーカリーの機能を一体化させたことは、機構的にも製パンソフト的にも画期的な発明であった。
 その後の事業の統合により2011年12月にパナソニックブランドで再デビューしたGOPANは、三洋電機のアイデアとパナソニックの技術が融合した製品となっており、その調理性能は専門家からも高い評価を得ている。
 当社は今後もこのような食生活を変える新たな発明や、トレンドを取り込んだメニューの搭載で家庭の食生活を豊かにするアイデアを提供して所存である。
 加古 さおり 氏
 
       
       
       
   雑穀ブレッド・全粒粉ブレッドについての考察
                    続木 創 氏    株式会社進々堂
 

本日は弊社の雑穀パン、全粒パンの取り組みにつき、このような発表の機会を与えてくださいましたこと、心より感謝申し上げます。穀物科学研究会の先生方に時間を割いて聴いていただくには、あまりに拙い取り組みと自覚しておりますが、諸先輩のご教示を賜る機会にさせていただければという思いで、お話をさせていただきたいと思います。さて、ご案内レジメにも書かせていただきましたが、このふたつのシリーズの開発は「雑穀生活」、「全粒生活」という商標の登録からスタートいたしました。まず、このふたつの名前の持つイメージについてお話いたします。
  私自身、精製された白いお米や、ふわふわ柔らかくて白いパンが至上とされがちな、日本人の主食の嗜好に対しては、漠然とした疑問をずっと抱き続けておりました。また今日の我国消費者の健康に対する意識が過去に例を見ないぐらい高まっているにも関わらず、それが一番肝心な主食のあり方の改善に向かうのではなく、所謂健康食品やサプリメント、またマスコミの喧伝する「これを食べれば元気になる」的な偏った食品ばかりが注目される風潮についても、主食の供給者サイドの努力がまだまだ足りないのではないかと思っていたのでございます。
 食に携わる者として、穀物の白い胚乳部分ばかりをありがたがるのではなく、滋味豊かな全粒粉や雑穀類をおいしく食べることで、とりたてて意識しなくても人々の食生活の改善に貢献できるような、そういう主食としてのパンを自分自身も食べたいし、お客様にも提供できたらいいなぁという、そんな漠然とした夢を持ち続けておりまして、そんなイメージが「雑穀生活」、「全粒生活」というふたつの言葉として私の頭の中に眠り続けていたのです。  このような言葉のイメージを形にしようと取り組んだのがこれらふたつのシリーズだったのでございます。

  さて、まず先に着手いたしましたのが「雑穀生活」でございました。さきほど申しましたような私の思い、イメージを、京都女子大の吉野世美子先生にお話したところ、それはおもしろい、是非やってみようということで意気投合したのでございます。 では現実的にどんな商品にしようかと吉野先生とディスカッションを重ね、やはり世の中に雑穀の種類は数限りなくあるのだから、それらを組み合わせて3種類ぐらいのパンのシリーズを発売しよう、そうすることで選ぶ楽しさも提供できるし、ブランドとしての存在感も出るのではないかということになりました。商品の形状は、やはり日本人の主食として一番馴染みの深い「食パン」にしようということになりました。
  また3種類それぞれの商品特徴としては、「食物繊維」、「カルシウム」、そして「ミネラル」をテーマにしよう、即ち今日の日本人の食生活で不足しがちな栄養素を、雑穀の組み合わせで補えるような個性を、それぞれのパンに持たせようということになりました。 このようなディスカッションを経て、パンに配合する雑穀の選定とその割合について吉野先生のアドヴァイスを受けながら、栄養計算と試作を繰り返し、三つのパンに作り上げていくという作業を進めたのでございます。
  やはり一番工夫が必要だったのは「おいしい」パンにすることでした。雑穀類を配合したパンは独特の臭みが出てしまいがちで、そのことが雑穀パン・全粒パンが日本人から敬遠される最大の理由であります。健康に良いからとおいしくないのを我満して食べなければならないような、所謂健康食品ではなく、毎日食べても飽きない、毎日普通に食べていつもおいしい、そういう主食としてのパンにしたい、それをどうクリアするかという点です。
  で、まず徹底的に火抜けの良いパンにしようと考えました。生地をシャキッと薄く伸ばして、すかんと火を通してやることで、雑穀の臭みを押さえようと考えたのです。そう考えると、まず蓋をして焼くプルマンタイプは蒸気がこもるので絶対ダメ、山形食パンでもまだ不十分。やはり直焼きハースブレッドのようなすかんとした火抜けが欲しいと、結局たどり着いたのが、背の低い食パンケースを特別にあつらえて、そこにワンローフ型に成形した生地を寝かせ、フランスパン用オーブンでスチームをかけて焼成するという、食パンとハースブレッドのちょうど中間のような、この形でした。これは成功だったと思います。
  生地配合と工程につきましては、雑穀類のエグミを他の副材料でマスキングするのではなく、サワー種やヨーグルトを用いるドイツパンの製法を応用して、雑穀パンならではの本格的なおいしさを出せないかと考えました。私の友人で現在はフリーランス・シェフの山崎豊氏にこのような考え方をお伝えして協力を求めたところ、とてもおいしい配合工程の提案をいただき、調整を重ねて出来上がったのがこの雑穀生活シリーズの3品でございます。
  本日は現在販売しております3種類を1枚ずつ入れたアソートをお土産に用意させていただきましたので、ご試食の上ご感想など賜ることができましたら幸いです。 

  次に「全粒生活」です。
  実は、現在の全粒生活の前にも小麦粉全粒粉を使用したプルマン型の食パンを「全粒生活」という名前で販売しておりました。そういう意味では現在販売しております「全粒生活」は第二世代、「全粒生活マークツー」ということになります。
  第一世代の全粒生活は、普通の食パン生地に、一晩サワーで処理した全粒粉を数十パーセント配合する、まぁ普通のどこにでもあるプルマン型の全粒食パンでした。これはこれで、そこそこ売れてはいたのですが、まぁ大手さんでもやっているような普通の全粒食パンということで、「これぞ進々堂の『全粒生活』」というほどの思い入れが無かったことは確かです。
  で、状況が変わったのは、高千穂精機さんという、あまり我々の業界とは馴染みのなかった精密機械のメーカーさんが発売された小型製粉機「GFC-2015」と出逢ったことからです。私の友人、神奈川県、葉山ブレドールの橋本宗茂社長のお店を訪ねた時、お店の片隅でこの小さな製粉機が北海道小麦「春よ恋」を製粉していたのです。製粉したての「春よ恋」を使って橋本社長が焼いておられた全粒粉のパンは、それまで食べたどの全粒パンよりもおいしく、こういうのこそが進々堂の「全粒生活」のあるべき姿なのだと感動したのでございます。
  この製粉機は非常に粒度が細かく均一な全粒粉を、製粉中の温度上昇を最小限に押さえながら製粉できることが大きな特徴です。粒度の細かさは生地作成時の水和と製パン性の改善に、そして温度上昇の少なさは小麦粉中の脂質の酸化の少なさに貢献するから、市販の全粒粉に比べて素直なおいしさのパンができる可能性が高いのだと納得いたしました。
  それと北海道小麦の全粒粉を使うという発想。私はそれまで、国内産の小麦を自社の商品に使用することに抵抗があって、やはり食の担い手としては、消費者においしいパンをリーズナブルな価格で提供するのが使命なので、なにも値段が高くておいしくない国内産の小麦を使う必要も意味もないというのが私の考え方でした。しかし、この「春よ恋」の全粒粉でブレドールさんが作っておられたパンは本当に掛け値無しにおいしかった。こんなおいしいパンができる素材なら、外麦より高くても使ってみたいという気持ちになったのであります。
  早速、この高千穂精機さんの製粉機を購入し、同じく高千穂精機さんのルートから「春よ恋」を仕入れて、試作を始めました。雑穀生活のときと同じく、生地の配合工程については山ア豊シェフにアドヴァイスをいただき、油脂分糖分を一切配合しないリーンなパンドミ生地と、お砂糖と発酵バターを配合して牛乳100%でこね上げるリッチなパンオレ生地の2種類を開発しました。そしてそれぞれにドライフルーツ、チーズ、ナッツ等を配合したバラェティを合計7種類開発いたしました。
  7種類ものパンを一挙に発売した理由ですが、やはり、全粒粉の食事パンというのは、まだまだ日本の消費者にとってはとっつきが悪く、フルーツやナッツ、またチーズを混ぜて菓子パン的にも食べていただけるように工夫することで、生地そのもののおいしさを知っていただき馴染んでいただいて、その結果食事パンにも手を伸ばしてくださるというプロセスが必要と考えたからです。また、お店である程度のアイテム数を「面」として表現することで、会社の意気込みをお客様に伝えたいと思ったからです。 本日は油脂分糖分を一切配合していないリーンな生地で作りました一番ベーシックな「全粒生活パンドミ」をお持ち帰りいただきます。ご試食の上ご感想などお聞かせいただければ幸いです。
  で、実は「全粒生活」の開発段階で一番おもしろかったのは、製粉後何日目の全粒粉を使うかという点でした。 製粉会社さんから我々が仕入れる小麦粉は最低でも2週間程度のエージングが取られていて、小麦粉中の酵素活性がある程度安定してから我々の工場に入ってくるのですが、自分たちで製粉した全粒粉にどれだけエージングをかけるかは自分たちで判断しなければならないのです。色々やってみて、「全粒生活」は製粉直後の粉で作るのが一番おいしく、製粉後7日目ぐらいから急速にそのおいしさが損なわれることがわかったのです。逆に言うと、挽き立ての全粒粉はまだまだ酵素活性が高い状態で、生地はべたつき、窯伸びも不規則で、製パン工程の安定性には大いに問題があるけれど、そういう状態で作った全粒パンのほうが絶対的においしいということがわかったのです。
  それで、現在弊社では「全粒生活」に使用する全粒粉は、製粉後5日以内というルールを決めて守るようにしております。挽き立ての全粒粉を用いるのは、決して作りやすいパンではありませんが、こういうおいしさは、やはり自分のところで粉を挽かないと出せないおいしさで、同時に、小規模で手分割手丸目だからこそできる、大手さんに真似のできないパンにできたかなぁと思った次第です。
  この「大手さんに真似のできない」というコンセプトについて少しお話いたしますが、実はこういう製法上の特徴以前に、雑穀や全粒粉の食事パンに取り組むということそのものが、ひょっとしたら大手さんに真似のできないことなのかもしれないと思っています。
  何故なら、こういうパンは売れないからです。 弊社では3人の専属スタッフをおいて、商品開発や生地改良、また新規素材のテストなどを行っていますが、彼ら開発スタッフが開発するパンは売れるパンです。で、一方、大体年に1品か2品社長の私自身が動いてトップダウンで開発するパンがあるのですが、それはたいていは売れないパンなんです。
  で、いつも私主導の商品開発が始まると弊社の社員たちに緊張が走ります。また作りにくいパンを作れと言われるのではないか、売りにくいパンを売れと言われるのではないかと、ものすごく不安になるのだそうです。
  実際に、この「雑穀生活」、また「全粒生活」を売るぐらいなら、クリームパンやメロンパンを売っている方がどれだけ楽か、というのは私自身の本音でもありますし、正直申し上げてこういう健康パンの取り組みはコスト度外視でないとできません 例えば、こういうパンは、的確に商品特徴をお客様に伝えるためにどうしてもリーフレットのようなものを作る必要があります。リーフレット作成にかかる費用と、こういうパンを販売して得られる儲けを、所謂コスト対効果で見てしまうと、これは絶対に合いません。大手さんの企画開発担当者がこういう商品を売るためにリーフレットを作りたいと思って社内で稟議を申請しても、まずそれは却下されるのではないでしょうか。
 それと、ものすごく販売ロスが出ます。お客様にこういうパンの存在をアピールしようと思うと、どうしてもある程度のボリューム陳列をする必要がある。しかし正直言って、10個並べて3個売れれば上出来というのがこういうパンなのであります。スーパーさんの棚割ならば間違いなく2週間で姿を消すべき商品です。 弊社の店長達も本当に気の毒です。一方では廃棄ロス率のことをうるさく言う社長が、こういうパンはもっとロスを出せと言う。社長カンベンしてくださいよというのが店長たちの本音だということは、私自身がよくわかっています。
  ま、弊社の場合はレストランやカフェ併設のお店が多く、そちらのメニューに雑穀生活や全粒生活を使うことで、ある程度の売れ残りを再使用できるという有利さはありますが、それでも他の商品に比べて高いロス率を覚悟しないと取り組めないのがこういう健康パンの宿命なのです。 しかしながら、我満して置き続け、アピールし続ける、また時々はお試しセールもする、そういうことを続けていると、段々とお客様が付いてくる、しかもよいお客様が付いてくる。
  弊社はただいま14店舗を構えておりますが、一店二店、そういう現象が出てきて、店長達もこういうパンの取り組みの意味が何となくわかり始める。あぁ社長のねらいはこういうことだったのかと、悟りを開いてくれる店長がちらりほらりと出てきているかなというのが、現在の弊社の状況でございます。 正直、社長のワガママが通る規模の小さな会社でないと、こういう商品にはなかなか取り組めないという意味で、大手さんに真似のできない取り組みになっていると申し上げてよいのかもしれません。
  もう一つ、開発にあたり大切にしようと考えたことの二つ目、「ウソがないこと」について少しお話いたします。  私は、無添加とか、オーガニックとか、天然酵母とか、そういう耳障りよ良い能書きで、自社の商品があたかも付加価値の高い差別化された商品であるかのようなイメージを消費者に与えようとするウソを、あまりに多く見て参りました。最近の消費者は、それが本当の真摯な取り組みなのか、あるいは欺瞞に近い行為なのかを、かなりの確立で見分けるようになっておられるように思いますが、未だに、違法でさえなければ、所謂「言うたもん勝ち」的な風潮はなくなっていないように思います。
 先日ビックリしたんですが、天然酵母を売りにしておられるあるドーナツ屋さんで、「天然じゃない酵母ってあるんですか?」と聞いたら、「はい、大手さんのはケミカル酵母ですから」という応えが帰ってきました。ケミカル酵母!何ともびっくりする日本語もあったもんだと関心いたしました。 
 また、ある同業者のホームページを開いてみると「私たちはできるだけ無添加にこだわっています」というキャッチフレーズが書いてありました。いったいこの日本語は何なんでしょう。「できるだけ無添加」って、おーいどっちなんだよー?と叫びたくなるわけですが、これも「無添加」という言葉を無理矢理にでも使いたいがために日本語そのものがおかしくなってしまった、ちょっと笑えない例なのではないでしょうか。
   自分自身、前の会社、進々堂製パン株式会社で商品開発の担当をしておりました際、「この添加物は表示の義務が無いので無添加を謳えますよ」という売り込みをどれだけ受けたことでしょう。表示義務の無い添加物であれば添加しても無添加と言ってしまう、これって何なんだろうと思いながらも、以前の会社では必要悪と割り切って、生協さんなどの要望に応えてエセ無添加パンを開発したという、そういうほろ苦い思い出もございます。
  私はもうこれ以上そういうことはしたくないと思いました。確かに「雑穀生活」と「全粒生活」は健康に対する意識の高いお客様に食べていただきたいパンではあるけれど、ありのまま以上のイメージをお客様に与えるようなアピールのしかたは慎もう、客観的な事実のみをお客様にお伝えして、お客様に判断を委ねようと考えました。
 で、どちらの商品も商品特徴をお客様に伝えるためのパンフレットを作成いたしましたが、その内容においては極力客観的な数字と表現を掲載するようにし、内容も全て吉野世美子先生にチェックをお願いして、「ウソがない」という目的は達成できたのではないかと考えております。吉野先生のご協力に心より感謝しております。

  最後にもう一つ、少し蛇足かとも思いますが、国内産小麦の今後について私見を述べさせていただきたく存じます。 私自身「春よ恋」を使いはじめたことで国内産小麦の現状に興味を持ち始め、北海道にも足を運んで参りました。十勝の前田農産さんでは実際に「ゆめちから」の栽培の様子や今後の見通しについても勉強させていただき、関係者の皆さんの品種改良への並々ならぬご努力には本当にアタマの下がる思いがいたしました。
  しかしながら、私の感覚として「ゆめちから」について識者の皆さんが色々言われている内容に、どうしてもひっかかるところがあるのです。 例えば、「1CWやDNSに匹敵する品質」とか、「分割機の使用に堪える高い製パン性」とか、そういうコメントをよく聴きます。要は輸入小麦と同等に扱える特性をターゲットに国内産小麦の品種改良が為されているように見えるのですが、どうもこれは違うんじゃないでしょうか。何故コスト競争力の無い日本の農家が、圧倒的に生産性の高いカナダやアメリカの小麦と同じものを作ろうとするのかが、うまく理解できないのです。
  例えは悪いかもしれませんが、中小のパン店がヤマザキ製パンさんのサンロイヤルを開発しようと努力しているような、そういう感じがするのですが、いかがでしょう。
   たとえ「1CW」と全く同等品質の小麦が日本で収穫できたとしても、カナダの「1CW 」のほうが圧倒的に安いわけですから、誰がそんなもの使うというのでしょう。ことに今後TPPが導入されて、もっと自由に世界の小麦が入るようになったら、現在の努力は水の泡になってしまうのではないでしょうか。だからTPPには反対なんだということになるのかもしれませんが、国民の税金やマークアップを、未来永劫補助金として受け取ることを前提に我が国農業の未来を考えておられるのであれば、それはやはり時代錯誤なのではないかと私は考えます。
  規模のメリットや生産性に劣る私ども中小のパンメーカーは、生き残りをかけて大手さんとの差別化、大手さんと異なるマーケットを創造する努力を続けております。こういうマーケッティングの原則はお国の農業にもあてはまるべきです。付加価値の低い大手さんの量産ラインや、品質競争とは無縁の学校給食メーカーさんが作られる白いフワフワしたパン、そういうマーケットは安価な外麦に任せて、国内産の小麦にはもっと豊かなマーケットを創造する努力をして欲しいと思います。値段は高くとも、国内産小麦を使ったパンが、外麦に真似のできないおいしさや健康を消費者に提供できる、そういうところを目指していただきたいと思います。 
  その答が弊社の「全粒生活」の取り組みであると申し上げるほど私は自信家ではございませんし、実際「全粒生活」の販売数量は本当に微々たるものです。しかしながら、この取り組みが国内産小麦の将来に対する何か小さなヒントでもなればと、私は希望しております。
  以上、普段から言いたかったことを含めて、べらべらとおしゃべりさせていただきました。大変失礼いたしました。  このあと吉野先生が栄養学や健康の立場から、もっときちっとしたお話をご準備くださっておりますので、そろそろここらでバトンタッチいたしたいと思います。  どうもご静聴ありがとうございました。

続木 創 氏
      機能性食品としての「雑穀ブレッド」と「全粒粉ブレッド」 
                                   吉野世美子 氏  京都女子大学 食物栄養学科 准教授
       雑穀の起源は古く、日本では縄文時代前期からアワ、ヒエ、キビ、モロコシなどの雑穀が栽培され、水田稲作が本格的に始まる縄文時代後期まで主穀に近い形で親しまれてきました。近代になると味の良い米が十分手に入るようになり、また戦後は食の洋風化と共にパン食も広まり、雑穀はほとんど食べられなくなりました。しかし近年、食物アレルギーや生活習慣病、メタボリックシンドローム対策の食材として、再び雑穀が注目を集めています。白米や小麦粉にくらべ、雑穀はカルシウムや鉄などのミネラル、食物繊維、ビタミンB群などが多く含まれ、栄養的にも優れています。また、雑穀はアレルギー源になりにくく、デトックス効果も期待されています。そして小麦はじめ他の雑穀を全粒もしくは全粒器挽き粉を使用した加工食品を食することでさらなる効果が期待されています。
 また、パンにおいては雑穀粒やこれらの全粒粉を何割かをパン生地に混入することで、より優れた総合的な機能性ブレッドの開発が可能になると考えられます。パンの加工技術の進化とともに以前は食べにくかった雑穀や全粒ブレッドも食べやすくなり、現在では個性的な「美味しさ」や安全な「栄養価」を追求できるようになりました。これらを総合的に鑑みると、「雑穀ブレッド」や「全粒ブレッド」は21世紀に展開される機能性食品の一つではないでしょうか。
吉野世美子 氏
       
連絡先 三宅製粉梶@(〒544‐0034 大阪市生野区桃谷3−2−5)
日本穀物科学研究会事務局 根本(Tel 06−6731−0095、Fax 06−6731−0094
E‐mai:nemoto@miyakeseifun.co.jp   
TOPに戻る
HOMEに戻る